退職金1500万円の8割を、コロナショックのドル円急落で消した50代男性
北海道在住の50代男性Hさん(仮名・元道庁職員)が、退職金1500万円のうち1200万円をFX口座に入金。米ドル円の買いポジションを大量に保有していた最中、2020年3月のコロナショックで急落、ロスカット執行。退職後の生活設計が崩壊した。
Hさん(仮名・58歳男性・元北海道庁職員)から届いた話。2019年9月の退職金2,200万円のうち、1,200万円をFXに投じて、2020年3月のコロナショックで失った経緯。
取材は2024年初頭から始まり、Hさんが奥さんと相談しながら、約半年かけて掲載内容を整えた。最終的には「自分と同じ退職世代の人に伝えたい」という意図から、地名と元職場名以外は実情で残してある。
退職と退職金
Hさんは2019年9月、定年退職した。北海道庁での勤務歴37年。退職金は約2,200万円。年金支給開始まで6年半の生活設計が必要だった。
退職前から、Hさんは老後資金の運用方法を考えていた。預金金利はほぼゼロ。投資信託は「販売手数料が高い」と感じていた。株式は「個別銘柄を選ぶ知識がない」。FXは「為替の変動だけだから、株より単純」と感じていた。
退職前のFXセミナー
退職する半年前、Hさんは札幌市内のホテルで開催された「退職世代のためのFX運用セミナー」に参加した。主催は某FX業者の代理店。参加費は無料、軽食付き。
セミナー講師は40代の男性で、自称「元銀行員・FX歴15年」。スライドで「米ドル/円のスワップ運用なら、年利8%が現実的」「1,000万円を運用すれば年80万円、月7万円弱の年金以外の収入になる」と説明していた。
セミナー後、参加者には個別相談の機会があった。Hさんも相談を申し込み、退職後の運用プランを提案された。プラン内容は「米ドル/円のスワップ狙い・レバレッジ3倍以下・想定運用期間10年」だった。
退職金の入金
退職した9月、Hさんは退職金2,200万円のうち、1,200万円をFX口座に入金した。残る1,000万円は当面の生活費・住宅修繕費・医療費備蓄として残した。
「2,200万円を全部入れるべきと講師は言ったが、妻が反対したので半分強に抑えた。それでも今思えば多すぎた」
10月から運用開始。米ドル/円のレバレッジ3倍で、約3,400万円分のドル買いポジション。日次のスワップポイントは約4,500円。月にすると約13万円。Hさんの想定通りの収入だった。
2019年末から2020年2月までの安定運用
2019年10月から2020年2月まで、ドル円は108円〜112円のレンジで推移。Hさんの口座は、評価益込みで一時1,350万円まで増えた。スワップ収入は5か月で累計約65万円。Hさんは順調と感じていた。
「退職後の生活が、想定より少しゆとりが出る、と思っていた。妻と海外旅行の計画を立てていた」
2020年2月末からの異変
2020年2月末、新型コロナウイルスの世界拡散が報じられ始めた。米国株式市場が急落。ダウ平均が一週間で-3,000ドル以上。リスクオフの円買いが進み、ドル円は112円台から107円台へ下落。
3月9日(月)、原油先物が-25%急落。3月12日、WHOがパンデミック宣言。3月16日、米FRBが緊急利下げで政策金利を0%-0.25%へ。
ドル円は一旦101円台まで急落した後、3月18日には110円台まで急反発。3月19日に再度107円台。値動きの幅が一日10円という異常な日々が続いた。
Hさんの口座は、3月12日時点で含み損が400万円。レバレッジ3倍だったため、すぐにロスカットにはならなかったが、ドル円が101円台に到達した3月19日朝、強制ロスカットが執行された。
ロスカット後
口座残高:約24万円。入金額1,200万円。差し引き約1,176万円の損失。
Hさんは、その日のうちに札幌の代理店に電話した。担当者からは「相場が異常事態だったため、申し訳ない。次回相場が落ち着いたら、リカバリープランをご提案します」と返答された。次のセミナーに来てください、という誘いだった。
Hさんは、その後一切連絡を取らなかった。FX口座は3月末に解約。
「退職後の生活設計が、半年で崩れた。妻に話した時、妻は黙って涙を流していた。怒りもなかった、それが一番つらかった」
その後の生活
Hさんは2020年4月から、札幌市内の警備会社でパート勤務を始めた。週4日・月収約14万円。年金支給開始の65歳まで6年間、この収入と残った退職金で生活を維持する計画。
当初予定していた海外旅行は無期延期。住宅の修繕予定も最小限に縮小。子供2人は既に独立しているので、教育費の追加負担はないのが救い。
「退職した直後は、自由な時間と、まとまったお金を、どう使うか、で迷う。その『迷い』を狙ってくる業者が多い、と退職後に気づいた」
振り返り:3つの教訓
Hさんから取材の最後にいただいた、退職世代に向けた3つの教訓。
1. 退職金は「最初の半年は預金に置く」
退職直後は判断力が浮ついている。半年〜1年は預金に置いて、退職後の生活費が実際にいくらかかるかを確認してから、運用は始めるべき。
2. 「退職世代向けセミナー」は警戒する
退職金を持つ人を狙ったセミナーは、業者側の販売目的が強い。無料セミナーで提案された運用プランは、複数の独立した第三者(地銀FA・有料の独立系FP)の意見を聞いてから判断する。
3. 老後資金の運用上限は「総資産の3割」まで
退職金1,200万円・口座1,200万円・割合54%は明らかに過大だった。私の家計なら、運用は最大でも660万円(30%)に抑えるべきだった。それなら今の生活はずっと楽だった。
Hさんの体験から、整理できること
編集者注:以下はHさん個人の体験から整理した視点で、当サイトからの投資助言・売買推奨ではない。投資判断は読者本人の責任で。
心理と反省ポイント
- ロスカットは保険であって敵じゃない。動かす方向を間違えると一晩で口座が空になる。
- 指標発表の前後は流動性が抜けて、設定したロスカット幅を素通りすることがある。
- 深夜の30分だけのトレードは、判断疲れが乗ったまま画面に向かう時間でもある。
もう一度選び直すなら
失敗した道具・口座・サービスを今からどう選び直すか。
比較記事で軸を整理してから動くと、同じ罠を踏みにくい。
専門家に相談する
ひとりで抱えると判断が鈍る。
被害の状況や生活設計の悩みは、その道のプロに早めに話す方が結果的に軽くなる。